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お久しぶりです。
この話、書こう書こうと前から思っていたんですが、モスクワやノースカロライナの方に出張していたため、なかなか書けずにおれました。少々時間ができたので、今日は書こうと思います。
伊良部氏がお亡くなりになった直後、ある週刊誌の取材で、彼の親友のY氏にインタビューしました。Y氏は、伊良部氏とはLAの同じ野球チームに所属し、ほとんど連日のように伊良部氏にお会いされていたほど大の仲良しでした。
だから、”呼ぶもの”があったのかもしれません。雑誌には掲載されなかった、”呼ぶもの”の部分を含めて、ここで、Y氏のお話をみなさまとシェアできたらと思います。 赤字の箇所は、実は、伊良部氏の遺体の発見に繋がったとも言える出来事のような気がします。
伊良部氏は、信頼していた親友に自分を発見してほしかったのかもしれませんね。

以下、Y氏のお話。
「伊良部は松井やイチロー、清原なども含めてメジャーリーグの話をよくしていたんですが、(自殺の)2~3ヶ月くらい前から、全く野球の話をしなくなりました。でも、彼は東北チャリティーのための試合で先発することになっていた。だから「おまえ、ちゃんと練習しろよ」というと「9月24日(試合日)の2ヶ月前になったら練習始めるよ」と伊良部は言いました。そのコメントをしていたのは4月くらいのことでした。
で、3週間くらい前から、伊良部を含めて野球の練習が始まりました。先週の土曜日、第2回目のピッチング練習をしたんですが、その時、彼は早い球が投げれなかったんです。伊良部は、そんな時は普通、キャッチャーに「俺、今日止めるよ。調子悪い」とか声をかけるのに、その日は、キャッチャーに何も言わず、プイと練習から下りてしまったんです。そして、外野に行き、ボーっと中腰で練習を見ていました。
普通は、ピッチングしてある程度の球を投げると、「ちょっとバッター、立ってくれる?」と彼は言うんですが、そんな発言も全然なかったんです、その土曜日は。
で、その夜、伊良部から電話がかかってきて、
「俺、もうちょっと、投げられんかもしれんな~。球が全然行かない。たぶん今俺が投げている球、105キロじゃないか?」
と言われました。彼は人生の弱音は吐くことはありましたが、野球の弱音は一度も吐いたことがなかった。野球について「もうだめだ」と言ったことは1回もなかったんです。
IPS細胞というのがあり、それを悪いところに打つと細胞が再生して元に戻ります。また投げれるようになる。それをあいつ一生懸命調べていて、「今、試験レベルで打てるのは韓国だけだから、打ちにいこうぜ」と言っていた。アメリカと日本ではこれはまだ打てないのです。韓国でだけはテストで打てる。「60まで野球をやれたらやりてえなあ」とも言っていました。そういう話もしていたのに、2~3ヶ月前からピタリとしなくなった。
そして、土曜日に弱音を吐いて来て、「もう無理かも」という。そんな言葉1回も聞いたことがなかった。野球に対しては、彼はいつも強気で自信を持っていましたからね。その言葉を聞いて、彼は、自分の人生にギブアップしたのかなと思いました。俳優がもし喉を潰してしゃべれなくなったら自殺したいと思うかもしれません。ギタリストが腕をなくしたらもう絶望的じゃないですか。だから、それを聞いた時、やばいなあと思ったんですね。死ぬとは思わなかったけど、何かあるかもしれないと思いました。今までと違ってましたから、胸騒ぎを覚えました。
で、彼を元気づけなくてはと思い、チームのみんなに伊良部に電話してやってほしいと頼んだんです。一人には、伊良部に”BBQの約束をするように”と言いました。一人には「球が早くなくても投げることが大事だから、気にしなくていいよ。先発じゃなくても中つぎでもいいじゃん」みたいに言ってもらった。あと一人には普通の話をしてもらいました。「水曜日だったらBBQしてもいい」と伊良部が言ったということを聞いて、僕は安心しました。約束ができましたからね。もしほんとに落ち込んでいたら、誰にも会いたくないだろうから、そういうのじゃないのかなと安心しました。それは日曜日のことです。
で、火曜日の夜、テレビを見ていたんです。その時、8時くらいです、パッて、頭にあいつが現れたんです。首つりしたあいつのイメージが頭に突然現れた。これは本当の話です。で、びっくりしてすぐに電話したけど、電話が通じなかった。あいつ、夜寝るのが早いんで、もう寝たのかなと思いました。でも何か胸騒ぎがして、また夜10時に電話した。でも通じなかった。まさかな。明日になったら電話がかかってくるだろうと思いました。彼は電話すると、折り返し電話を100%返して来るやつだったからです。
翌朝の水曜日、東北のチャリティーイベントの件でドジャーズスタジアムに行くことになっていたので、その朝はあいつのことを気にかけてやることができませんでした。しかし、スタジアムに行って、打ち合わせが終わっても、彼からの電話が入っていなかった。
伊良部にBBQの約束をさせたチームメンバーから「伊良部さん、昨日も今日も電話が通じない」という話を聞き、おかしいなと思った。火曜日の夜見たイメージは本当だったんだと思い、彼の家に駆けつけたんです。その夜の7時にBBQの予定だったんだけど、その前に、彼の家に行きました。4時くらいです。ガレージに車が止まっていたんで、ああ、これはおかしいと思いました。普通、ピンポンを鳴らしたら必ず出て来るのに、出て来なかった。開いているドアを探して、そこから入り、寝室の方にいったら、足がちらっと見えたんです。立っているように見えました。たぶん、本人の身体が下がって来てたんじゃないですかね。そこは僕もはっきりと覚えていないんですよ。家に入った時、ハエがいっぱいいたんです。臭いもありました。だからもう死んでいるなと思いました」

IMG_6429_convert_20111024022110.jpg
伊良部氏が贔屓にしていた居酒屋でよく食べていたというネギのお好み焼き。
カラオケでは”六甲おろし”をよく歌っていた。

伊良部氏については、取材の折り、これまでメディアに描き出されてきたような人物像とは裏腹なお話もたくさん聞きました。特に、彼が常連だった居酒屋の店主さんのお話には、深く心打たれました。
店主さんのお話。
「伊良部さんは店にきても、決して散在はしませんでした。いつも、カウンターの端っこでビールを飲んでいました。酔っぱらった時など、翌日『迷惑をかけた』と言って、ロールケーキをお詫びに持って来たこともあります。
彼が最初に来店した時のことです。隣に座っていた人が伊良部さんにびびってしまったことがありました。翌日、伊良部さんは『あの人、僕のことを怖がってましたよね?』と言って、その人に『私の雰囲気のため、ご迷惑をかけてしまってすみません』とお詫びの酒を2本持って来ました。彼はそういう人だったんです。
また、彼は豪快で、破天荒なイメージを持たれていますが、実際はそうではないので驚きました。政治経済や哲学の話をすることが多く、語彙も豊富で、博学だった。『小学校の頃は、神童と呼ばれていた』と話していました。身体は大きいですが、人柄は”眼鏡をかけた東大生”のイメージを感じさせました。また、繊細な人だった。細かいところまで見える人なので、スーパーウドンを経営していた頃は従業員に厳しかった。ネギの盛り方一つにも厳しい人でした。
伊良部さんが最後に来たのは2月末頃。普段は野球関係者と3~4人で来るのに、その夜は一人で来店しました。自分の”宿業”の深さについて、朝まで話しました。
「人生の中で、どうしても避けられない道に踏み込んでしまうんだよ。だから悔しい思いをしてきた」
と涙を流しながら話してくれました。生い立ちのこと、実父のこと、日本人として認めてもらえないこと、自分のルーツはアメリカでそのことを自負していることなども話してくれました。伊良部さんが泣くのを見たのは、その夜が初めてでした」

伊良部氏が他界されてから、もうすぐ3ヶ月。
先日、Y氏から、以下のメールが来ました。
”ようやく、12月10日に、LONG BEACH BLAIR FIELD(最後に伊良部が独立リーグでプレーしたところ)で、日韓戦を行うことに決まりました。
当日はたくさんの方にご来場していただきたく、入場料無料、出店、お祭りグッズの販売(お面、風車、スーパーボールすくいなど)、空手のパフォーマンスショウ、スピードガンコンテスト、バザーなど盛りだくさんの内容となっています。ちなみに球場料$6000はメインスポンサーFOREVER21が支払います。
伊良部の追悼式も行います。
義捐金の集め方としましては募金箱の設置、Tシャツの販売、お祭りグッズとバザーの売り上げ、企業、レストランなどからの義捐金になります。正直たくさんのお金が集まらないかもしれませんが、被災地のことを忘れさせない運動も大事かと思っています”

伊良部氏の死を風化させぬべく、そして、被災者たちのために、親友だったY氏は今も活動を続けています。
http://www.playforjapanla.com/jp/
12月10日は、LONG BEACH BLAIR FIELDに是非足をお運び下さい!!!

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テーマ:雑誌掲載&取材
ジャンル:本・雑誌
コメント
Re: タイトルなし
コメント、ありがとうございます。
取材する中、今まで知らなかった伊良部氏の人柄に触れ、胸が熱くなりました。
繊細なゆえ、長い間、”宿業”に苦しめられてきたのでしょう。
そして、野球を心から愛していた。

合掌。

> アメリカ人のファンの方にも知ってほしい伊良部さんの一面ですね。心に響く記事をありがとうございました。伊良部さんのご冥福をお祈りいたします。
2011/10/26(Wed) 07:55 | URL | makikolove | 【編集
アメリカ人のファンの方にも知ってほしい伊良部さんの一面ですね。心に響く記事をありがとうございました。伊良部さんのご冥福をお祈りいたします。
2011/10/25(Tue) 18:47 | URL | taro | 【編集
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