上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
10月17日の朝日新聞読書面に『9・11の標的をつくった男』の書評が掲載されました。

http://book.asahi.com/review/TKY201010190142.html

~~~~~~~

9・11の標的をつくった男――天才と差別―建築家ミノル・ヤマサキの生涯 [著]飯塚真紀子
[掲載]2010年10月17日
[評者]辻篤子(本社論説委員)

■たぐいまれな成功と代償と

 テロで破壊されたニューヨークの世界貿易センター(WTC)ビルを設計した日系2世の建築家、ミノル・ヤマサキの知られざる生涯を丹念にたどった力作である。
 米シアトルのスラム街に生まれ、叔父の影響で建築を志した。日系というだけで就職できなかったり、高級住宅地の住宅購入を拒まれたりしつつ、着実にキャリアを重ねていった。
 彼はなぜ、「ピラミッド以来最大の建築」ともいわれたWTCの設計者に選ばれたのか。その建築が感じさせる人間味や、人当たりのよさも評価されたようだが、経験は少なく、尋常ではない選択だった。著名な建築家ではないアウトサイダーであり、またマイノリティーという要素が、世界貿易というビルの性格から、求められたらしい。
 しかし、反発は強かった。
 未知の才能に賭ける度量と、狭量と。標的となったのは、そんな米国だった。
 たぐいまれな成功と、代償の物語でもある。激務によって害した健康もその一つだ。1986年に73歳で死去。15年後を知らずにすんだことは幸いだったかもしれない。

~~~~~~~~

 たぐいまれな成功と、代償の物語。
 言い得ているなと思いました。ミノルは成功のために多くのものを犠牲にしました。健康はもちろん家庭生活も。妻たちとは上手く行かず、母親からはどんなに成功の階段を上って行っても認められず、子供たちからは反面教師にされました。
 WTCの構造建築を手がけたレスリー・ロバートソン氏に一度こう聞いたことがあります。
「ミノルには友達はいたんでしょうか? 理解してくれる人はいたんでしょうか?」
ロバートソン氏は言いました。
「友達、いなかったんじゃないかな。テリがただ一人の友達であり、理解者だったのかもしれないね」
最後は、テリのもとに戻って行ったミノル。
 墓碑には二人の名前が並んでいました。

『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』続々書評に登場して、好評発売中!
オンライン書店はすぐに本を発送できないところが多く、ご迷惑をおかけしておりますが、
どうぞ宜しくお願い致します!

~~~~~~~~~~

本日も、マイブログへのご訪問、ありがとうございました!

LOVE YOU

ブログランキングに参加中です。
下をポチッと、クリックしてね。

Thank you so much
スポンサーサイト
テーマ:書評
ジャンル:本・雑誌
コメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。